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2010年10月 2日 (土)

世界経済は「インフレ」に向かう(選択 2010年10月号)

「市場」は織り込み始めている

 「リスク回避のしすぎだよ。グローバルなデフレシナリオは逆目が出ると思うよ。2012年をどう読むかなんだ。11年よりもね」

 サブプライム危機の頂点だったリーマンショックから2年、やれ日本の二の舞だのと世界的な長期不況説が急に語られ始めたが、それは間違いで、悲観論は飛んでもないないという。ある大手ヘッジファンドのマネジャーの発言である。

 たしかにギリシャ危機以降、米国景気の二番底不安、中国の不動産バブル破裂と景気失速感懸念などを根拠にした金融危機の再燃と、デレバレッジ(債務返済)が引き起こす長期不況説は定着したかに見える。キメ打ちは8月31日にフィナンシャル・タイムズ紙が紹介した人気経済学者ラインハート夫妻の「最悪は過ぎたと考える楽観論者に警告」というレポートだろう。過去75年間に起きた15の経済危機を分析し、過度の債務の積み上がりの結果としての金融危機が、高い失業率、低成長とデフレ、資産価格低迷の長期化となると指摘した。

 しかし、ヘッジファンドの資産運用担当者は「市場が織り込み始めた『次』のシナリオをこの学者さんたちは分かっていない」という。

二番底の可能性は低い

 市場の動きは現実に、悲観の行き過ぎの修正にかかっている。8月以降、買われすぎた債券価格は下落(長期金利は上昇)し、欧米株価は7月を底に上昇。特に注目されるのが米国社債のリスクプレミアムの低下、さらにこれまで敬遠されていたジャンク債や住宅ローン担保証券などの人気復活である。経験的には続いて中・長期の株高が起こる。

 まずジャンク債。BB格ものの利回りは5月ごろに12%を超えていたが、最近は6%台にまで下落。価格は倍以上になった。住宅関連では、悪名高いサブプライムローン担保証券はオルトAローンとともに、春先と比較してなんと3~5倍に急伸している。従前から「オバマは再選を狙って、これら信用度の低い住宅ローン関連証券の不渡りになった物件を抜き出して、証券を作り変える特例法を考えている」といううわさがあったが、案外本当かもしれない。

 今回の金融危機では素早く果断な米連邦準備制度理事会(FRB)の対策で、金融機関のバランスシートは急回復し、再び高収益を発表できるほどになった。米国企業は空前の資金を保有し、債務返済の必要は全くない。むしろグローバリゼーションとインターネット革命の余勢を駆って生産性のさらなる向上を狙っているのが現状である。失業率の高止まりを懸念する声は高いが、過去の平均では雇用増加は景気回復の後、9ヶ月目あたりで始まる。現時点で、二番底の可能性は低い。

 この強気の見通しを支えるのがドル・キャリー取引である。ドル金利がゼロに近いため、資産運用担当者は、ヘッジファンドを中心に高い利回りの国の資産に投資すれば収益を挙げられる。さらにドル安を見越して先物を売れば、ドルによる資金調達は年率30%以上の高利回りに達する。

 ご存知の通りヘッジファンドはギリシャ危機を材料にユーロ売りを仕掛け、大成功。ユーロの対ドルレートは1・54から1・18まで下落した。次に連中は円買いと日本株売りをセットで仕掛け、円は瞬間的に82円台まで上がり、株価も10%下げたから、こちらも一応成功。日銀の予想外の円売り単独介入で損失は被ったが、仙谷由人官房長官が「82円が防衛ライン」と口を滑らせた上、日本経済の10~12月期の経済指標は前年同期比でかなりの悪化が予想されている。ヘッジファンドのロジックでは「日本経済の悪材料は円買い材料」なので、次回は80円スレスレが目標だろう。

 話を米国経済に戻すと、オバマ=バーナンキ(FRB議長)のチームは消費を中心とする景気刺激策を充実させている。バーナンキは最近の議会証言で「必要ならば①準備預金金利引き上げ、②資産購入の再開、低金利政策持続の意思表明などの追加策がある」と述べた。一方、オバマは①インフラ投資計画、②企業研究開発減税、③年収25万ドル以下の世帯に対する「ブッシュ減税」の延長、などを発表した。

台頭する「工業バイオ産業」

 悲観論が何より好きなわが国のマスコミは、これらの効果を端から疑問視しているが、実は米国では彼らが報じない大型のニュービジネスが台頭。代表企業の株式公開が相次いでいる。「工業バイオテクノロジー産業」である。

 最も知られるところでは、これまで石油を原料にしていた化学製品などを農業生産品から作る試みも「工業バイオ産業」の一つだ。バイオ化学製品の市場規模は08年に1700億ドルだったがすでに2000億ドルを超え、20年には5000億~6000億ドルを超える見込み。バイオエネルギーの方は20年に3000億ドルの新市場創出が見込まれる。英蘭ロイヤル・ダッチ・シェルが出資したコデクシス、仏トタルが出資したアミリスなど、関連企業の上場も進んでいる。

 日本では全く進んでいない工業バイオ産業だが、オバマはこの新産業の助成のため政府の追加出資を決めている。工業バイオテクノロジーに積極的なデュポンなどは「07年の売上高500万ドルが09年には2000万ドル。15年には10億ドルに成長する」とそろばんを弾いているほどだ。

 こうした市場動向は政府の政策効果などを材料に、「デフレでなくインフレ」と主張する学者も出てきた。06年9月の段階で金融危機の到来を予想し、その後の展開も正確に読んできたヌリエル・ルービニ教授もその一人だ。10月1日に邦訳本も出版される新著「大いなる不安定」の最終章「展望」で、同教授はこう述べている。

 「デフレ圧力は続くが、それは財や労働に対する需要が多くの国で低迷し、物価や賃金に低下圧力がかかっているため。(中略)しかし新興国は回復が速く、すでにインフレ再発の兆候が見られる。09年末ですでに中国、インドでは原油、食糧などの価格が上昇している。両国の経済はすぐに過熱し、インフレが現実化する可能性は先進国よりはるかに高い」

 その上で同教授は「先進国もインフレに戻る公算大」としている。理由は次の通り。①財政赤字を紙幣増刷で穴埋めするようになり、インフレ率上昇、②危機対策として供給された低利資金がだぶつき、市況商品の資産バブルに火がつく、③ドル安の進行で産油国がドル建て原油価格を引き上げる。「ここ1,2年は誰の目にも見えるほどにはならないが、条件が整えば12年」。米大統領選の年である。

 冒頭のヘッジファンドのマネジャーによると、②の過剰流動性が6~7月には国債に向かい、国債バブルを引き起こした。「その行き過ぎが戻るだけで、まあ我々には十分すぎるくらいのリターンが株式市場から期待できるからね」。その眼差しには「次の山」の姿がはっきり見えているようだ。

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