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2010年11月 2日 (火)

「通貨戦争」は米国圧勝に終わる(選択2010年11月号)11月2日

「選択」2010年11月号

デフレ回避に手段選ばぬバーナンキ

「通貨戦争」は米国圧勝に終わる

今井澂

 「今回の米連邦準備制度理事会(FRB)の量的金融緩和の影響は想像を超える。まず米国のインフレ率は現在の1%未満からふたケタになる。投資家は利回り2・4%の米国国債は一刻も早く売り払い、米国株と金に投資すべきだ。」

 「推奨銘柄はコカ・コーラ、ファイザー、ジョンソン&ジョンソン、シティグループ、バンク・オブ・アメリカなど一流株。相当に上がるが、金のほうは金融緩和でオンス2400ドル。行過ぎた場合は4000ドルもありうる。」

 「住宅も今は買い時。50年に一度のチャンスだから30年の住宅ローンを固定金利で。住宅を持たない人はまず自分のために買う。すでに一戸持っている人はもう一戸。2戸持っている人は3戸目を買う。」

何をアホなことを言っている、といってはいけない。いまやジョージ・ソロス氏を抜いてヘッジファンドの帝王となったジョン・ポールソン氏の、最近ある集まりでのスピーチなのである。

 このジョン・ポールソン氏は2007年以前からサブプライム危機を察知。リーマン・ショック以降住宅関連証券や金融株を空売りして2008年1年間で5倍、続く2009年も36%のリターン。現在350億ドルの巨大ファンドの運用担当者だ。ちなみに昨年の報酬は23億ドル(!)。

量的緩和は1兆ドル!?

実はこのポールソン発言は程度の差こそあれ、ヘッジファンド全体の投資シナリオといっていい。大量な資金がコストゼロに近く調達でき、これをリスクアセットに振り向けることが出来る。

 現に8月下旬、FRBが第二次の量的緩和を考え始めたという情報が出始めてから「米国経済にとっての悪材料は株価を含めて買い材料」というロジックで、次の三方向にヘッジファンドの大量買いが始まった。

 第一は通貨。ユーロは5月ごろには売り越しだったが大量買い越し。同時に円、豪ドル、スイスフラン、カナダドルも。

 第二は商品。金価格が史上最高値を更新し銀も30年ぶり。銅も2年ぶりの高値で、原油先物も在庫水準が異常なまで高かったので出遅れていたが、安値バーレル70ドルから83ドルまで急騰。また穀物もロシアの熱波を材料に小麦価格は上伸、綿花は140年ぶりの高値。トウモロコシ先物は15年来最大のヘッジファンドの買い残が積み上げられた。

 第三が新興国株式。インドネシア、フィリピン、タイなどすでに40%近くの上昇率。特に尖閣列島の問題でチャイナ・リスクを強く意識した日本企業は「恐らくベトナム」という発想でベトナムの地価も50~60%の上昇を見せている。

 この買い資金が「10月に入り1週間で60億ドルの資金流入が新興国株式ファンドに対しあった(調査会社EPFR)。」これら三方向の投資の成功で、ヘッジファンド2200あまりの運用成績は9月にこれまでのピークだった2007年10月の水準を抜いた。

 筆者ならずとも、こんな状況でFRBバーナンキ議長は超金融緩和に踏み切るのだろうか、と不安になる。答えは日本時間の11月4日に分かるし、連邦準備制度の理事の中にはバブルの形成を心配している向きもかなりいる。フタを開けてみたらアレレ、ということになりーということになりはしまいか。

 しかしご心配は無用のようだ。ベン・バーナンキ議長は10月15日ボストンで講演し「現在のインフレ率1%弱は政策目標から見て低すぎる」とし、2%という目標を述べた。デフレリスクからの脱出が必要で、物価を差し引いた実質短期金利は「高すぎる」。

 このスピーチほどの位のFRBの量的緩和になるのか。金融業界で一番信頼されている「メドレー・グローバル・アドバイザーズ」は「今後6ヶ月間で5000億ドルあるいはそれ以上の国債買い取り」と報じている。年間ベース1兆ドル。

 少々古いがFRB自身の研究論文が10年前に出ている。内容は「1兆ドルの量的緩和は2年間でGDP成長率を1.7%押し上げ、国債金利を0.3%引き下げるが、インフレ率は0.6%上昇させる」というものだった。バーナンキ発言と符合する。

 問題は特に日本人にとってはドルがどのくらい減価するか、だろう。いま起こっているのは円高ではなくドル安だからだ。

ドル安は「国策」

4000語のスピーチの中でバーナンキ議長は通貨については全くふれていない。しかし前記の研究論文では「1兆ドルの緩和はドルを5%下落させる」。また別の研究では2008年と9年にFRBが資産購入を発表したとき、1兆7250億ドルの購入で6.5%ドルは減価した。「FRBが動くらしい」というニュースは8月末にバーナンキ議長が講演して以来だが、すでに4%のドル減価になるので、理屈の上はこれ以上ドルの下げ幅は大きくない。もっともオバマ大統領は「米国の輸出を5年間で倍に増やす。そのためにはドル安」という“国策”を掲げており、がドルの価値下落は当面続くと見るのが素直なところだろう。

 要するにFRBの関心は米国の経済が長期不況(日本化)に陥らないよう、景気のテコ入れが必要なだけ紙幣を印刷する、というものだ。米国以外の国は「独立しているのだから、ふさわしい政策で対応すればいい。」1970年代初頭、当時のジョン・コナリー財務長官が為替変動を憂慮する欧州諸国に放った発言「ドル下落はあなた方の問題」と共通する。これに対し、英紙フィナンシャル・タイムズは「通貨戦争が始まっているが、米国は必ず勝利する」と諦め顔で報じている。

 暴力的な資本の流入には不愉快な選択しかない。①自国の通貨の価値上昇で国際競争力を下落させる②市場介入してほしくもないドルを蓄積し国内の金融が混乱する③課税や規制で資本流入を制限など。過去の歴史を見るとこの三つの全てを実行するのが通例だ。しかし「米国には弾薬が無尽蔵にある。FRBはドルをいくらでも作り出し、世界各国にインフレをもたらせることが出来る」。悲鳴を上げたところで効果はない。 

「ミスター円」こと榊原英資氏は10月下旬の講演で、「G20で通貨市場は鳴りを潜めているが、会議が終われば投機勢力は円買いを再開し、95年に付けた1ドル79円75銭は抜くだろう。しかし9月の介入は失敗だし、当分は再びやるべきではない。」と円高が長引くとの見方を示した。そして「95年の79円75銭は今の感覚では65円近辺」とも語った。国内の輸出企業のとっては当分、気の滅入るような状況が続くだろう。

 何しろバーナンキ議長は「日銀はケチャップを買え」と放言し、ヘリコプターでカネをばら撒けば日本のようなデフレにならないと語るエキセントリックな信条の持ち主。世界は当面、オバマ大統領ではなくこの人に振り回されることになる。

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